日本人が建造した純木造西洋式ホテルとしての価値が評価がされ、1980年に国の重要文化財に指定されると同時に一般公開された。
また、明治、大正、昭和にかけて多くの政財界・文化人らの日本の上流階級に愛され「軽井沢の鹿鳴館」と呼ばれた。


正面入口の解説版には旧三笠ホテルの歴史と建物の特徴についての解説がされている。一読してからの入館をお勧めする。

1906年(明治39年)に日本郵船や明治製菓の重役を努めた実業家山本直良が日本の建設技術により建設し、この三笠ホテルを開業した。

設計はアメリカで建築設計を学んだ岡田時太郎、又監督・棟梁・施工の全てが日本人の手によって建築されたことに大きな意義がある。

純木造西洋式ホテルとしては我が国唯一のものでありデザイン・構造設計にも、優れ歴史的価値がある。


八角の塔屋をはじめ、随所に西洋建築のデザイン、技法が施されている。

正面玄関を入り、館内の宿帳をみると時の大物政財界人・文化人等の名前が記帳されている。その他にも歴史的な価値のある資料が多く公開されている。

中央二階の吹き抜部には、洋風建築の特徴である三角屋根、そしてアーチ型の窓枠で設計されている。

暖炉の煙突は建物全体に調和し、3本の煙突が絶妙にバランスしている。

軒下を支える湾曲したブラケット(腕木)は優雅に軒を支え、建物全体に重厚感を与えている。

太い縁取りの窓枠のデザインが建物全体に安定感を与えている。

幾何学模様にデザインされたガラス窓は建築当初からのガラスがそのまま今も残されている。